Home Again

4LDKマンションのインテリア変遷キロク

Paul Theroux ”The Great Railway Bazaar” 174~202p -5

セローがスリランカを「セイロン」と表しているのは、現地の人たちがまだ新しい国名に馴染まずそう呼んでいたからで、正式国名は既にスリランカだったらしい。となると、彼がこの辺りを廻っていたのは'73年くらいかな。いずれにせよ、当時はTalaimannar Pier からコロンボまでちゃんと鉄道が走っていたようだ(めでたし)。「スリランカ鉄道の歴史」(http://www2.odn.ne.jp/~cao81290/1676/map.html)といったページなどを拝見すると、'98年頃はタミル紛争で北部路線は軒並み営業休止状態だったという。紛争の落ち着いた現在は、鉄道も再開されているのかなぁ。。

コロンボ南部の街 Galle で講演を行った後は、マドラスまで戻り、海岸線沿いにカルカッタへ。