Home Again

4LDKマンションのインテリア変遷キロク

Ken Kesey ”One Flew Over the Cuckoo’s Nest” 219~272p -8 読了

映画と同様、原作も、人工霞が充満した精神病棟で思考をあいまいにされた「患者」が語っているせいか、どうも意味を捉えにくい描写が多くて、ストーリーの細かい流れを追うのに少々苦労した(読解力の問題・・?、汗)。

精神病棟の完全にコントロールされた社会は、ジョージ・オーウェルが「1984」で描いた全体主義的コントロール社会と重なって映った。対象が精神病患者と健常者に関わらず、コントロールの過程にほとんど差が感じられないあたりが不気味・・・もっとも「カッコー」の精神病棟内とて、刑務所の労役逃れでやって来たMcMurphyと、先住民族の血を引き聾唖者を装うChiefは元々「健常者」だったわけだが。。

McMurphyのいう「不安と背中合わせの自由」と、Big Nurseのいう「コントロール下での安心感」の二者選択の問いかけには、今なお深く考えさせられる。「1984」では死の目前に完全に洗脳された主人公の姿から、「カッコー」では自分をほとんど晒さず淡々と語り続けてきたChiefが最後に出した結論から、作者のメッセージはびんびん伝わってくるのだけれど。それでもなぁ。

・・・いろんな責任を抱えこまされたオトナとして、さしてこの先明るさの感じられない世の中で子どもを育てながら生き続けるのもなかなかしんどいもので、つい・・・体制側についた方がたとえ搾取されたとしても楽かもって(小声)。