Home Again

4LDKマンションのインテリア変遷キロク

Jeannette Walls ”The Glass Castle”   164~288p -3 読了

英語がシンプルで読みやすい上、内容が強烈なのでぐいぐいと引き込まれるように読んでしまった。

著者ジャネット・ウォールズはNYの名門女子大バーナード・カレッジを卒業し、現在コラムニストとして活躍。しかし、彼女には「普通でない」子ども時代を送ってきた過去があるという。。

「普通でない」ということは、彼女の現在のポジションを考えるとさらに際立つ。アメリカには日本以上に根深い「下層」が存在するが、そうした人たちが大多数を占める地区でも、ジャネットたちの暮らしぶりは周囲から白い目で見られ虐めに遭うほどの酷さだったらしい。「自由の国」アメリカでは、本人にさえその気があって頑張りさえすればきちんと評価される、いわゆる「アメリカンドリーム」が宗教のように信じられている。が実際、下層の家庭に生まれてそこから這い上がるのは大変なことだ。馬鹿みたいな話だが、ことこのことに関しては、国土の広さが仇となっていると思わされるくらい、どうしようもなく土地に縛られている人が少なくないそうだ。

この手の話では、盛岡で英語を教わったテキサス出身のL先生が、「もし自分が100万ドルもらえたら、2/3は自己投資に廻すが、1/3は故郷の友だちに託して彼が今のポジションから脱出するのを助けたい」と真剣に語っていたことをつい思い出してしまう。日本では「友だちだからこそお金は別」という考えを持つ人が少なくないと思うのだが、それはある程度、みなが中庸という平等感が信じられているからこそ成り立つのかもしれない。まぁ、L先生自身の宗教とか友情の質とかいろんな要素が絡んでそういう話になったのだろうけど、アメリカという国の在りようの一端を思い知らされる。

さらにはウォールズ一家の場合、真の貧困層ではなく、両親が自ら「選んで」そうした層に陥っているという点が問題をよりいっそう複雑にしている。彼女の母親は裕福な家庭の出身で、不動産や宝飾品を保有し、大学を卒業させてもらい、教員免許まで持っているのに、自分は "excitement addict" だと、職に付かず、決して売れない絵や文の創作に没頭する。父親は父親で、電気技師の技術を持ちながらも、こんな腐った社会じゃとても働けないと酒や博打に溺れている。運よく遺産が入ったり博打で大金が転がり込んでも、それらは決して、「子ども達から見て最低限必要な」家の修理や基本食料、洋服などには費やされず、豪華な車や「価値のある」花瓶といった両親の趣味的な買い物に使われてしまうのだ。親にとっては、それこそが自分たちが「選んだ」生活だというプライドの証なのかもしれないが、否応なくそれに従わざるを得ない子どもにとっては溜まったものではない。

ある意味、「大人になれない親」の典型なのだろう。日々の生活の苦しさと極端に追い詰められたプライドの狭間で、母親はときに「こんな生活、好きで送ってるんじゃない。飲んだくれの父親も責めろ」とわめき散らすのだが、子どもが実際に「父親と別れろ」と迫ると、「どうしても別れられない」とベッドに篭って泣いてしまう。・・こうなってはもう、子どもにはどうしようもない。

そういう両親の元で育てられた子どもはどうやって生きていくのか? ・・幸い、才能に恵まれていたウォールズ一家の子ども達は自分たちの力でこうした環境から脱出することができたわけだが、家を出るときには、真っ向から親の価値観を完全否定せざるを得ない。親にしたって、いくら自分たちが「選んだ」生活だと言い張っても、貧困生活の苦しさはどうしようもなく、子ども達の存在によって辛うじてプライドを支えられてきた部分が少なくないだろう。それだけに、それを子どもから否定されるということは、もう「親殺し」も同然。ズタズタだ。しかし、子どもがそこから脱出するにはそうするしかない。。

ジャネットの両親がこうした人生を選択をするに到った過程・・・彼らがそれぞれの実家で延々と受け継がれてきた問題を背負っていることまで考えると、それはもう「家族の呪い」ではないかとさえ思えてしまう。人間が人生を生きて、子どもを生み育てていくことの業の深さに心底ぞっとさせられる。

とりわけ、自分の世界に散々没頭していてとても「母親」としての役割を果たしているとは思えない母親が、何か勝手なことをするたび、「私は人のためにばかり尽くしてきた。今度は自分の人生を生きるのよ」「あなたたち子どものせいで、認められるべき私の才能が認められないのだ」などと叫ぶ姿には頭が痛くなる。子どもがNYに旅立つ際も、「あなたたちだけずるい」という発想だ。ここまで行かなくとも、私自身、ネガのときには彼女に近い発想をしてしまう節がないでもない・・・しかし、こうも極端なところまで実際にやっちゃった上、その責任を放棄して子どもに転嫁し、自分を完全に正当化させてしまうあたりがアメリカ的なのかもしれない。。

同種のアメリカ病、親の強烈なポリシーに振り回される子どもの哀しさややるせなさを描いた作品としては、Paul Theroux の "Mosquito Coast"、 Mikal Gilmore の "Shot in the Heart"、 John Irving "The Hotel New Hampshire" なんかがあったっけ。極端な自然体崇拝主義に囚われた両親の思想には Jack London "To Build a Fire" や Jon Krakauer "Into the Wild" なんかとも重なる部分があるだろう。

とにかく直球でずどんと来る作品だ。アメリカの底知れぬ自由主義の果てにある救いのなさに唖然とさせられるものの、それと同時に、客観的にはどう見ても親失格でイカれていても、そこに紛れもない深い愛情や真理が存在し、それをきちんと子どもである筆者が受け止めている点に感動した。良くも悪くも、アメリカはやっぱり深いと思わされる。